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トルストイの酷評

リア王 (新潮文庫)
シェイクスピアは世界的に権威が確立しており、賛辞以外は許されず、つまらないと書くと「文学のわからない素人」よばわりされるような風潮がある。
しかし、あえて書くけど現代日本人の私が読んだ「リア王」はつまらなかった。
シェイクスピアという事を隠し、この作品を先入観なしに読ませたら、たいていの現代人はそう言うのではなかろうか?
「シェイクスピアは世界的権威だ」という先入観があって読むから、無理に凄さを感じようとしている人が多いのではなかろうか?

トルストイは「リア王」をつまらないと酷評したそうだが、その理由はリア王の激情が不自然だし、道化との対話は余計な悪ふざけだとの事らしい。
私はトルストイの指摘は正しいと思う。
嵐の中でわが身の悲劇を泣き叫ぶというのは、どう考えても不自然だろう。
引用元:トルストイの酷評
リア王 (新潮文庫)
最後の辺りに
「富野監督はお話を作って演出することでシャアになる。
安彦さんは漫画を描くことでシャアになる。
でも僕はどんな時でもシャアと一緒にいる」
といった文章があり、一番ガツン!と来ました。

友人であり大のガンダムファンであるGacktへの留守電に
「ララァ(役の潘恵子)が君に会いたがっている」と
入れたそうで…Gacktはあのシャアの声でこの言葉を聞いたのか〜、
羨ましくて仕方無い!そういうエピソードも沢山語られています。

…やはりこの人はもうシャアそのものです。
引用元:

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